
上原正吉(EarthLink Network Co., Ltd.)。Claude Codeを開発の主体に据え、20を超えるプロダクトを1人で同時に開発・運用しています。これは、その現場の実測記です。
出発点を、正確にお伝えします。
私たちの始まりは「判断は人間がやる」ではありません。始まりは「全部AI(人工知能)でやっていく」でした。AIの会社になろう、と決めたところがスタートラインです。EarthLink Network の全業務を、AIで回す。まずそこを置きました。
「判断は人間」という言葉は、そのあとに導かれた話です。出発点ではありません。順番を間違えると、全体像がぼやけます。だから最初に順番を直します。まず全業務をAIで回す。その結果として、決まった実務はAIに渡ります。そして人間には判断が残ります。この記事は、その仕組みを1枚で見ていただくための記事です。
姉妹記事「EarthLink Network が自社でつくっている18のプロダクト」では、18のプロダクトを1つずつ紹介しました。何をする製品かを、製品ごとに並べました。でも、製品を並べるだけでは、なぜこれだけの数になったのかは見えません。1つずつ見ると、多く感じます。全体で見ると、1つの狙いに収れんします。その狙いと、製品どうしのつながりを見ていただくのが、この記事です。
なぜ全部AIなのか。答えは単純です。便利そうだから、です。
大げさな理念から入ってはいません。目の前の実務を、AIに渡せば速い。渡せる実務は渡す。渡せないところだけ、人間が持つ。その線引きを、最初から引いたわけではありません。まず全部渡そうとしました。全業務をAIで回そうとしました。その過程で、渡せるものと渡せないものが、実物として分かれていきました。
「便利そうだから」は、いい加減という意味ではありません。むしろ逆です。壮大な使命を先に掲げると、その使命に合わせて事実を曲げたくなります。便利かどうかは、曲げられません。速くなったか。手間が減ったか。使う人が楽になったか。これは動かせば分かります。だから私たちは、理念ではなく便利さを物差しにしました。物差しが正直だから、判断がぶれません。
無謀ではないか、とも聞かれます。でも、無謀なのは逆のやり方だと考えています。最初に「ここは人間、ここはAI」と線を引くと、その線は机上の勘で決まります。勘で引いた線は、たいてい外れます。渡せたはずの実務を人間が抱え込みます。渡してはいけない判断をAIに投げます。だから私たちは、勘で線を引きませんでした。まず全部渡して、動かして、線が自分から現れるのを待ちました。
分かれた結果が「判断は人間」です。これは理念ではありません。全部を渡そうとして残った、動かして確かめた結論です。だから私たちは、判断を先に特別扱いはしません。まず渡す。渡し切って、残ったものを見る。順序はいつもこちらです。
よく聞かれます。「AIに判断させないのですね」と。でも、それは半分だけ合っています。
私たちはAIに判断させないと決めて始めたのではありません。全部AIでやると決めて始めました。やってみて、判断だけは人間の側に残りました。順番が逆なのです。始まりに「判断は人間」を置く人は、たいてい実務を渡しません。渡さないまま、AIを補助の道具として脇に置きます。それでは全業務は回りません。人間の作業は、ほとんど減りません。
では、何がAIに渡り、何が判断として残ったのか。渡ったのは、手順が決まっている仕事です。数字を集める。文章を整える。決まった形に直す。同じことを何度も繰り返す。ここはAIが速い。残ったのは、手順の外にある仕事です。何を優先するか。何を捨てるか。誰が責任を持つか。ここは人間の側に残りました。境目は、手順にできるかどうかです。手順にできれば渡す。できなければ握る。
この境目は、一度引いて終わりではありません。AIができることは、少しずつ増えます。きのう握っていた実務が、きょうは渡せるようになります。だから境目は、動きます。動く境目を追いかけて、渡せるものを渡し直す。これもまた、人間の判断です。境目は固定ではありません。動かし続けるものです。
私たちは、先に全業務を渡しました。すると、実務がAIの側でどんどん回り始めました。回るほど、判断の出番がはっきりしてきました。何を任せ、何を握るのか。それは頭の中の理屈ではなく、動いている現場が教えてくれました。
だから「判断は人間」は、始まりの前提ではありません。全部を回した末に届いた場所です。判断を軽んじたのではありません。判断を、正しい位置に置き直しただけです。
全業務を回すと言っても、1つの大きなAIが全部こなすわけではありません。役割の違う層が、重なっています。中核は3つです。
そして、いちばん上に人間の判断が乗ります。実務・品質・土台の3層がAIで回り、その上で人間が判断する。この4つの重なりが、私たちの背骨です。

なぜ、この3つなのか。実務を渡すだけでは、回りません。渡した仕事が正しいかを見る層がなければ、間違いがそのまま流れます。だから品質の層が要ります。そして、実務も品質も、動く土台がなければ止まります。だから土台の層が要ります。実務・品質・土台。この3つがそろって、はじめて全業務が回り続けます。どれか1つを抜くと、残りも止まります。
なぜ層に分けるのか。1つのAIに全部を持たせると、どこで間違えたかが見えなくなるからです。実務が止まったのか。品質で弾かれたのか。土台が落ちたのか。層で分けておくと、原因が層で分かります。分けなければ、全部が同時にぼやけます。分ければ、どの層で起きたかが分かって、直せます。
3つの中核は、設計図を先に描いて作ったものではありません。必要が、次の必要を呼びました。ここには順番があります。
まず、作りました。AIに実務を渡して、ものを作らせました。作ると、正しく動いているかを見たくなりました。だから監視が要りました。監視すると、壊れている箇所が見えました。だから補修が要りました。補修を続けると、何をどう直したかを束ねる管理が要りました。管理が増えると、今度はその管理そのものを管理する層が要りました。

この入れ子が、プロダクトの系譜です。動機はいつも「便利そうだから」でした。壮大な計画はありません。目の前で足りないものを埋める。埋めると、次の足りないものが見える。その繰り返しで、EarthLink Network の全業務をAIで回そうとし、18のプロダクトが稼働するところまで来ました。
最後の「その管理を管理する」は、分かりにくいかもしれません。少し補います。プロダクトが増えると、管理の仕組みそのものが増えます。管理が増えると、今度は管理どうしがぶつかります。どの管理を先に走らせるか。どこで止めるか。それを束ねる層が要ります。管理を管理する、というのはこのことです。数が増えるほど、束ねる層の値打ちが上がります。
一度に18を構想したのではありません。1つの必要が、次の1つを呼んだだけです。だから、この系譜には無駄がありません。使わない機能を、あらかじめ作り込んでいないからです。計画から生まれたのではありません。必要から生まれました。
18も並ぶと、外から見ると多く感じます。でも、6つの領域に置き直すと、1枚に収まります。

6という数は、あとから数えて分かった数です。先に6つの箱を用意して、そこへ製品を詰めたのではありません。系譜をたどると、自然と6つのかたまりに分かれました。土台があり、人を集め、実務を実行し、それを監視し、人とAIを支援し、結果を検証する。この6つで、全業務が一周します。一周するから、抜けている領域が見つかります。
先ほどの中核3つも、この6領域に収まります。eln-infra-ops は土台です。local-commander は実行です。claude-plugins は検証です。残りの領域にも、それぞれのプロダクトが入ります。全体像は https://www.eln.ne.jp/products にも並べています。
全業務をAIで回すと、必ず矛盾が出ます。AIは間違えます。速く、たくさん間違えます。ここを甘く見ると、全部が崩れます。この節が、この記事でいちばん大事なところです。
でも、私たちは矛盾を人の根性で押さえ込みません。仕組みで塞ぎます。作る層が間違える。だから監視の層が見張る。監視が異常を見つける。だから補修の層が直す。品質を保つ claude-plugins が、この見張りと直しを受け持ちます。人間が一日中画面に張り付いて目で追う運用には、戻しません。間違いを見つける仕組みと、直す仕組みを、AIの側に組み込みます。
歴史に、いい先例があります。複式簿記です。1494年、ルカ・パチョーリという数学者が、複式簿記のやり方を書物にまとめました。複式簿記では、1つの取引を必ず2か所に書きます。借方と貸方です。両方の合計は、必ず一致します。一致しなければ、どこかが間違っています。人が注意深いから間違いに気づくのではありません。合わない、という仕組みが気づかせます。私たちのやり方も、これと同じ考えです。人の注意力には頼りません。合わなければ止まる、という仕組みに頼ります。500年以上前の帳簿と、やっていることは変わりません。
先ほどの系譜を、もう一度思い出してください。監視も補修も、思いつきで足したのではありません。矛盾が出るたびに、それを塞ぐ層を1つずつ増やしてきました。系譜そのものが、矛盾を仕組みで塞いできた記録です。逆に言えば、いま人の根性で回している箇所は、まだ仕組みになっていない箇所です。だから見つけ次第、仕組みに変えます。根性は、次に塞ぐべき場所の目印として使います。
矛盾があるからAIは使えない、とは考えません。矛盾が出るからこそ、それを塞ぐ層を作る。塞げる仕組みがあるなら、その実務はAIで回してよい。塞げないなら、まだ渡さない。私たちの判断基準は、そこにあります。
最後に、なぜここまでするのかをお伝えします。
19世紀のイギリスに、ウィリアム・スタンレー・ジェボンズという経済学者がいました。彼は1865年に、石炭についてある逆説を書きました。蒸気機関の効率が上がれば、石炭の消費は減るはずでした。ところが、実際には増えました。効率が上がると、使う費用が下がります。安くなると、もっと使います。だから全体の消費は、かえって増えたのです。これはジェボンズの逆説と呼ばれ、史実として今も引かれます。
同じことが、私たちの時間にも起きます。AIで実務が速くなると、空いた時間は遊びません。次の必要を埋めることに使われます。だから18のプロダクトが生まれました。効率化しても、やることは減りません。むしろ増えます。
返ってきた時間を、また新しい実務に全部つぎ込めば、判断の時間は増えません。だから、返ってきた時間の行き先を決めておきます。実務ではなく、判断へ回す。ここも仕組みで決めておかないと、時間はまた実務に吸われます。
では、効率化に意味はないのか。あります。狙いを「仕事を減らすこと」に置くと、ジェボンズの逆説に裏切られます。でも、狙いはそこではありません。狙いは、時間が手元に返ってくることです。AIに実務を渡して返ってきた時間を、人間は判断に使います。決まった実務はAIへ。返ってきた時間は判断へ。全業務をAIで回す仕組みは、この一点のために組んでいます。
仕事を消すために組んだのではありません。判断のための時間を、人間の手元に取り戻すために組みました。
上原正吉。EarthLink Network Co., Ltd. でAI開発をしています。2025年からClaude Codeを開発の主体に据え、今は20を超えるプロダクトを1人で同時に開発・運用しています。この連載では、その現場で実際に起きたこと(うまくいったことも、失敗も)を、数字と一緒に書いていきます。
また、AIで業務や開発を組み替えたい会社・チーム向けに、AI活用のコンサルティングも受け付けています。ご相談は www.eln.ne.jp からどうぞ。
EarthLink Network は、会社の全業務を AI で回すために、必要になったものを自社で作っています。いま作っているプロダクトの一覧と概要は、こちらにまとめています。
→ EarthLink Network が自社でつくっている18のプロダクト
会社と各プロダクトの詳細は、公式サイト www.eln.ne.jp をご覧ください。